企業を取り巻く環境は、日々刻々と変化しています。変化する環境に対する適切な対応策を講じないと企業の事業継続及び発展は難しいので、企業は市場や同業他社の状況を重視し、その把握に努めます。でも、このような社外の情報を収集する動きと比べると自社内の状況の分析は十分に行われていないことが多いようです。
人事管理の分野では、次のようなことがよく当てはまります。
このように、人事管理については「世間の一般的な状況」が多少知られている程度で、「自社の現状」を十分に把握されていないことがよく見られます。
自社の人事管理の実態を正確に把握していないと、世間の動きや流行に惑わされて自社の保有原資を超える昇給や賞与の支払いを行ってしまったり、自社にそぐわない人事制度の導入してしまったり、効果がみられない社員研修の実施を行ってしまったり、といった失敗を犯すことになります。
このような失敗は、人件費高騰を引き起こす初任給水準の引き上げ、組織力の低下を招いた成果主義の導入、社員研修実施後も変化が見られない社員の能力・姿勢などの形で、実際に多くの企業で繰り返されています。
常に変化している経営環境や労働市場の影響を受けて、自社の事業内容や社員の意識も常に変化しています。これらの変化についていけずに、自社の人材の保有状況や人事制度の運用実態を見失うと、誤った判断につながることにもなります。
人事管理の失敗は、人事管理の分野だけに留まらず、その時点の業績に多大な悪影響を及ぼすだけでなく、賃金水準が高いままになってしまう、入社希望者が減少するなど、その後数年間にかけて経営に絡むマイナスを負うことになるケースが少なくありません。このような課題は、企業の存続を根底から揺るがす大問題を引き起こす危険性をはらむものといっても大げさではありません。
正しい経営判断を行う為にも自社の人事管理の状況を分析することの重要性を認識し、自社の状況を常に正確に把握することが必須です。自社の状況を常に把握する作業ではその分の手間暇や場合によっては費用が発生しますが、自社の状況を正確に把握することによるマイナス面は一切発生しないはずです。
人事管理とは、「その企業の利益(付加価値)を生み出す経営のサイクルを円滑に回す為の人に関わる計画の立案・実行」と言えます。
「経営のサイクル」とは、「事業」・「組織」・「人材」の3要素によって構成され、企業の利益を生み出す一連のサイクルのことです。
企業は、「事業」に基づいて「組織」を構築し、「組織」によって「事業」を進める為に必要な仕事の内容(職務)が明確になり、それを行う「人材」を労働市場から調達します。必要な「人材」を確保し、人材に支払う人件費が適正であれば、「事業」は付加価値を確保することができます。
「事業」➡「組織」➡「人材」の流れを逆からとらえることもできます。
企業は、「事業」で得た利益から「人材」に報酬を支払い、報酬支払いが効果的なら、有用な「人材」を確保し、社員の意欲を高めて、活力ある「組織」が構築されます。このような「組織」が「事業」を成長させて、新たな利益を産み出す。
このような「事業」「組織」「人材」の流れが「経営のサイクル」です。
でも、実際にこの「経営のサイクル」を円滑に回すことは簡単ではありません。
その理由は、多くの場合、「経営のサイクル」が回る過程において「事業」「組織」「人材」のうち、一つの要素が強くなりすぎて、そこで流れが止まってしまうからです。
例えば、急激に「事業」が大きくなりすぎて、「組織」の体制整備がこれに追いつかなくなると、社内が混乱して、必要な「人材」の確保ができなくなり、ここで「経営のサイクル」の流れが止まってしまいます。
あるいは、確保した「人材」の人件費が増大すると、「事業」の収益を圧迫し、やがて業績の悪化から「組織」内は沈滞した雰囲気となり、ここでも「経営のサイクル」の流れは止まってしまいます。
「事業」「組織」「人材」のバランスを取ることが、「経営のサイクル」を円滑に回す為には必要です。
そうすると「人事管理」の役割は、「人に関する計画の立案と実行を通じて経営のサイクルの三つの要素(事業・組織・人材)のバランスを調整すること、つまり、この三つの要素の関係を最適化すること」となります。
人事管理の役割「人に関する計画の立案と実行を通じて経営のサイクルの三つの要素(事業・組織・人材)のバランスを調整すること、つまり、「この三つの要素の関係を最適化すること」に基づくと、これを分析する目的は、経営を効果的に行う(「経営のサイクル」を円滑に回す)為に、人材に関わる問題点を抽出し、問題解決の方向性を見出すこととなります。この為、人事管理分析の対象は、経営のサイクルにかかわる「事業」「組織」「人材」の三つの要素となります。
更に、この三つの要素を「構造面」と「管理・運用面」の二つの側面からもとらえます。
例えば、「事業」は、事業内容などの「事業構造」と、これが運営された成績となる「業績」との二つの側面からとらえることができます。同じく、「組織」は、「組織構造」と「組織風土」、「人材」は、「人員構成・人件費構造」と「人事管理制度」という、各二つの側面から分析ができます。
事業構造の分析は、自社の事業内容や今後の方向性を整理します。この作業を通じて、自社の強みや弱み、経営戦略について確認します。
業績の分析は、事業の運営を通じてどれだけの利益などの付加価値を生み出しているのか、それは同業他社と比較して多いのかなどを分析します。
組織の構造、風土から業績に与える課題を明確にします。
会社の中には、どのような仕組みがあって、それらが有効に機能しているかどうかを確認します。
組織風土の形成には、経営者の思想、事業内容、会社の歴史などの組織構造(ハード面)が、社員の意識や行動(ソフト面)に与えている影響をみて、組織全体の特徴を確認します。
社員は、自社の競争力を高める源泉であり「どんな能力をもつ人財をどれだけ確保しているのか」を分析し、競争力を高める戦略を策定することが、自社の成長には不可欠です。
近年、労働人口が減少に向かっている中、働き方の多様化を希望する社員が増えており、会社もこの層の勤務を確保できる雇用形態を設定しています。パートタイム労働法の法改正も頻繁に行われ、非正規社員=正社員の補充=単純作業・低コストという図式が成り立たなくなっています。自社の事業や特性に応じて、どのような雇用形態の構成が必要なのかを確認します。
若年層の人口減少によるこの層の社員構成の低下、又は社員の平均年齢の上昇などにより組織活力の低下や人件費の高騰などの経営上の問題を引き起こす可能性があります。このような環境変化に対応する策を講じる為にも、自社の年齢別・勤続年数別人員構成をしっかりと把握しておくことが必要です。
自社の人事施策を検討する際には「どんな職種で、どれくらいの能力のレベルの者を、何人くらい採用又は育成したい」という具体的な人材像と人数に基づいて検討する必要があります。①雇用形態別人員構成、②年齢・勤続年数別人員構成を行う場合には、併せて部門別・階層別人員構成の分析を行うと自社に必要な具体的な人材像と人数が確認できます。
欲しいときに欲しいだけの人材を雇い入れることができ、また幹部候補となる人財を自社内で長期的に確保し、会社の成長に貢献してほしいと殆どの会社は考えます。しかし、実際には、欲しいときに必要な人材を確保できるとは限らず、また定着率を高めたくとも退職者が出てしまう場合があります。これは、労働市場という外部要因が関係し、同業他社も人材・人財を採用したいので人材・人財の獲得競争が生じているからです。そこで、自社内の入社者数、退職者数の整理をし、社外の労働市場の状況と照らし合わせ、人材確保上の問題が生じる要因を明らかにし、最終的には、今後の採用または退職者抑制に関する対策の検討が必要となります。
人材費とは、会社が社員に関することに支払うすべての費用のことを一般的にはいいます。
人件費の分析は、会社の業績と人材との関連性を整理することによって、人材に関するコストの問題を抽出し、その問題解決の方向性を導き出すのに必要なものです。
この分析では、労働分配率の同業水準との比較や付加価値と人件費の回帰分析を行い、業績との関連性において自社の人件費の特徴や傾向を把握します。
この分析は、人件費項目の構成比の同業水準との比較や「人件費単価×従業数」の分析を行い、費用項目の構成比の把握、雇用形態別人件費単価の把握、人件費構造(単価・人員)の把握をします。
労働基準法の改正対応、ワークライフバランス導入、個々の都合による短時間勤務のみ可能な必要な人材の確保など多様化している労働時間環境を整備する為に自社で適用されている法的な労働時間制度、実際の総実労働時間の把握を行うことによって、労働時間環境への対応は適切か法的リスクを負っていないか、強いては生産性が高まる働き方を見直します。
労働時間の分析は、どのような労働時間制度が適用されているかという質的な面と総実労働時間は何時間かという量的な2つの面から労働時間の分析を行います。
人事制度とは、一般的には人材に関わる全ての制度を指しますが、ここでは、人事制度の中でも等級制度と評価制度の分析となります。
等級制度は、大きく分けて職能資格(等級)と職務・役割等級に分かれます。職能資格(等級)とは、職務遂行能力に応じて資格等級を定めて社員を格付けする制度であり、職務・役割等級は、組織における職務(仕事)の価値や職務遂行上の責任・権限の大きさによって社員を格付けする制度です。
等級制度の分析では、自社の等級制度が職能資格(等級)と職務・役割等級のどちらが仕組みに該当するのか、又、それらが自社の事業内容や組織構造に適切なのかを確認します。
人間は誰でも「他人から認められたい」という承認欲求があり、その結果が自分の給与や賞与に反映されるとなれば、その思いはなおさら強くなります。
評価制度とは、社員の能力や成果を測定して、その結果を能力開発、昇格、昇進及び給与や賞与の決定などに反映させる仕組みのことです。
評価制度の分析では、評価に関する仕組みの内容と実際の運用についての現状把握、問題の抽出及びその改善策の検討を行います。
ここでの給与とは、毎月支払われる賃金、賞与及び退職金のことを指します。
給与は、会社にとっては人件費というコストの源なので、利益を大きくするにあたりできるだけ少なくしたいと考え、社員にとっては働いたことの対償であり、生計費の源なので、できるだけ多く受け取りたいと考えます。
このように、給与については、会社側と社員側との間で正反対の考えを持ちます。このため、このような会社と社員との考えの違いを認識した上で、会社の人件費という観点から、又、社員の確保とやる気の向上という観点から給与の分析を行うことが必要となります。
所定内給与とは、所定労働時間を勤務した場合に毎月支給されるもので、具体的には、基本給、役職手当のような職務関連手当、家族手当や住宅手当といった生活関連手当、その他食事手当、皆勤手当及び通勤手当などの合計額となります。
所定内給与の分析は、水準と格差構造の2つの視点から行います。
水準は、平均額やモデル賃金(賃金カーブ)の高低を世間水準と比較しながら分析します。構造格差は、年齢や等級を横軸にとった給与分布図を作成して、給与の差が生じる根拠や金額幅を分析します。
所定外給与とは、所定労働時間を超えた労働時間の給与で、時間外手当、深夜勤務手当、休日出勤手当などのことをいいます。人件費の中で変動費的な要素を持つものは、所定外給与、賞与、非正規社員に係る人件費、法定福利費などがありますが、これらの中で所定外給与の増減は、人員整理を伴わない為、即効性のある人件費調整策となります。
所定外給与は景気低迷の影響を受けますので、このことも併せて自社の所定外給与がどのような状況になっているのかを把握する必要があります。
賞与とは、年2~3回支給される一時金をいいます。その額は、自社の業績に大きく影響され、社員の意識には大きく影響を与えるものです。
賞与の分析では、賞与の性質上、世間水準との比較や時系列での変化よりも、自社の業績、配分の仕組みと組織風土・社員意識との関係性をみることが需要となります。
年間賃金とは、1年間に支払われた所定内給与、所定外給与、賞与及びその他の給与の合計額となります。
年間賃金の分析は、所定内給与の分析と同じく水準と格差構造の2つの視点から行います。この分析によって問題点を発見した場合、その原因を、所定内給与、所定外給与、賞与のいずれかの中で突き止めて、その仕組みの改善を通して問題解決を図る必要があります。
退職金とは、一時払いの退職一時金、分割払いの退職金があります。また、退職金の性質は、在職中の功労報酬として、在籍中の貢献度に応じて、一律に勤続年数に応じて、賃金の前・後払いとしてなど会社によって異なります。
退職金の分析では、会社の支払い能力、世間の支給水準との比較、自社における退職金の人事制度における位置づけを確認します。
生涯賃金とは、1人の新規学卒社員が入社してから定年退職するまでに受け取る給与の総額で、毎月の所定内・外給与、賞与、場合によっては退職金も含めます。
生涯賃金の分析では、終身雇用制度を前提としている会社において、1人の新規学卒社員を雇用するときのコストの把握及び会社の支払い能力の確認をします。